季刊誌『光明』

平成29年-新春-第202号



仏教童話


絵・文/諸橋精光



    むかし、インドにひとりのかしこ婦人ふじんがおりました。彼女かのじょふかほとけおしえを信仰しんこうしていて、たびたびそういえにまねいては食事しょくじをさしあげ、そのあとに法話ほうわくことをなによりのたのしみにしていました。
  あるとき、この婦人ふじんのところへ順番じゅんばんがひとりの老僧ろうそうにあたりました。
  この老僧ろうそう、もはや年老としおいて気力きりょく体力たいりょくもなく、そのうえものおぼえのわるいほうでしたので、じつはひとつのおきょう理解りかいしていなかったのです。
  しかし、そうとはらない婦人ふじんは、いつものようにそう食事しょくじをさしあげました。そして、食事しょくじがおわると、いつものように法話ほうわをいただけるものとおもって、をついてはなしがはじまるのをちました。
  さて、こまったのは老僧ろうそうでした。
ーわしは、とてもこの婦人ふじんおしえを資格しかくなどない人間にんげんじゃ。いったいこのをどうしたらいいんじゃろう……
  そうかんがえながらふとると、婦人ふじんをとじたままじっとあたまをさげています。
ーしめた……
  老僧ろうそうはそろりそろりと婦人ふじんのわきをとおって、出口でぐちからしてしまいました。
  いっぽう、婦人ふじん法話ほうわっていましたが、いつまでたってもはなしははじまりません。
  そのうち、婦人ふじんいままでいた法話ほうわおもし、こころなかおもいめぐらしはじめました。
ーおぼうさまがたはこうおっしゃった。こののすべてのものはうつりゆくもの。
たしかなものはなにひとつない。
しかし、ひとはそれをたしかなものとおもみ、それにとらわれるからくるしみがまれる。
ーまた、おぼうさまがたはこのようにもおっしゃった。とらわれをはなれるなら永遠えいえん平安へいあんはいることができると……   そのおもいはうちなるこころ観察かんさつし、ふかふかくそのおくへとはいっていって……
  とつぜん婦人ふじん預流果よるかという聖者せいじゃぐちにあたるさとりをひらいたのでした。
  婦人ふじんときわすれてさとりのよろこびにひたっていました。
「はっ」
と、ひらくと老僧ろうそうのすがたがありません。
「どこへってしまわれたのかしら。でも、とにかくこのさとりをることができたのはあの老僧ろうそうのおかげだわ」
  婦人ふじんはおれいがいいたくて、さっそく老僧ろうそうのいるてらかけていきました。
  おどろいたのは老僧ろうそうでした。
「きっと、おこってどなりこんできたにちがいない。たのむ。わしは いないといってかえしてくれ」
  そう仲間なかまにたのむと、老僧ろうそうはおどうおくふかくにかくれてしまいました。
  しかし、婦人ふじんはどういうふうにいってもかえろうとしません。
「おねがいです。どうかわせてください」
そのあまりの熱心ねっしんさにたれて、仲間なかまそうたちはしぶる老僧ろうそう説得せっとくし、おくからひっぱってきました。
  すると、婦人ふじんいままでのことをはなして、「すべてはご老僧ろうそう無言むごんのおみちびきのおかげです。どうかこれをおおさめください」
といって、たくさんのおそなえの品々しなじなをさしだしたのでした。
  老僧ろうそうずかしさとおどろきになにもいえず、ただぼうぜんとちつくしていました。
  老僧ろうそうふか自分じぶんじ、そのひとかわったようにきびしい修行しゅぎょうちこむようになり、ほどなくして阿羅漢果あらかんかという最高さいこうさとりをみごとにひらいたということです。

(参考/『仏教説話大系』すずき出版)





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