季刊誌『光明』

平成29年-春-第203号



ひとひらのいのち



それは沈黙の悲しみと呼ばれている。



    負けん気の強さは、たぶん母親の私に似たのでしょう。
    やんちゃな三男さんなんとは、バトルが絶えませんでした。
    そんな拓也が、自ら命を絶ってしまうなんて……。
    あまりのショックに、涙もこぼれませんでした。


  「立派な息子さんが三人もいて幸せですね」
  そう言われると、美恵子さんは決まって返す言葉があった。
  「私の葬式の時には役に立つかも。棺桶かんおけちゃんとかつげよ、母ちゃん重たいからって落とすなよ、って息子たちには言ってます」
  冗談のようだが、本心だった。それなのに、息子のひつぎを見送ることになってしまう。
  二十五歳になる三男さんなんは、あこがれの仕事にき、素敵な彼女を自慢していた。その突然の自死は、悪夢以外の何ものでもなく、頭が真っ白になった。
  葬儀が終わると、美恵子さんは自らの思いを手記につづり始める。これまで、エッセーを何冊も自費出版してきた。書くことによって、混乱した頭が整理できることを、経験から知っていたのである。


  拓也のお友達は、みんなニコニコしながら拓也の話をしてくれます。悲しいけれど、思い出話は楽しいものです。
  本当に残念なことになってしまいましたが、今さら我々夫婦の生き方を変えるわけにもいきません。妙に冷静沈着な私の本音は、目先のことを考えたら、泣き叫んだり、寝込んだりしていられないというところです。時間が経てば、別の感情も生まれてくるのでしょうが、疲れて感情がマヒしている気もします。
  何人かには宣言しましたが、「悲しいことがあっても、かっこ悪くても、こうやって生きていくんだよ」と、拓也の見本になるため、長生きしてみせます。本当の気の強さというものを、あの世で教えてやります。
  二十五年間、いろんな人に愛された拓也の人生。自分で閉じてしまったけど、幸せいっぱいの充実した時間でした。若すぎるし、もったいないし、「母さんの気持ちも考えろ」って毎日仏壇で説教されることまでは、考えが及ばなかったのでしょうか。
  通夜や葬儀で、皆さんが流してくださった涙で、拓也を少しでも良いところへ行かせてやってください。お願いします。



  これは、美恵子さんが書いた手記の一部。「本当の気の強さを、あの世で教えたい」や「仏壇で説教する」は、親だからこそ言える台詞せりふである。
  自死遺族は、さまざまな理由から、自身の苦悩を語ることに戸惑とまどいをおぼえてしまう。だから、その心の痛みは「沈黙の悲しみ」と呼ばれている。
  美恵子さんがふり絞った重い言葉からは、貴重なことをたくさん学ぶことができる。





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