季刊誌『光明』

平成30年-夏-第208号



阿川佐和子の「サワコ主義」



あいだの宝物


  ここまで世の中のデジタル化が進むと、ときおり不安になる。そろそろ本気で時代についていけなくなるのではないか。かつてファックス機の前で「せっかく書いた原稿が機械に吸い込まれていくから慌てて引き戻そうとした」と興奮気味に語った某作家のことを笑えない。新幹線の座席に座り、「おお、俺のいるところがよくわかったなあ」と携帯電話に話しかけていたオジサンをもはやバカにできない。AIとかVRとかPDFとかインスタグラムとか、若者の口から次々に飛び出すテクノロジー関連の新参単語を耳にするたび、「は?」と眉をひそめ、説明されてもちんぷんかんぷん。そもそもアナログとデジタルの違いがどういうことなのか、その根本すらわかっていない気がする。かろうじて理解できるのは、時計を見たときだ。
  「今、何時だろう」と思うとき、デジタル時計はたいそう便利である。一目りょうぜん、数字で時刻を知らせてくれる。しかし、「あとどれくらい時間が残っているか」を知りたいとき、デジタル時計を見たところでにわかに計算ができない。単純に足し算引き算に弱いせいかもしれないが、どうやら私は時間の量を角度で把握しているきらいがある。十五分は九十度、百八十度は三十分。この傾きの分量があるならば、「まだシャワーを浴びる余裕はあるな」と判断する。無意識に、デジタル時計とアナログ時計をそんなふうに使い分けている。
  ものごとをデジタルで思考する人間とアナログで考える人間の間には、脳みその動きに違いが生じるのではないか。デジタル思考を頭から否定するつもりはないが、デジタルでしかモノを考えない仕組みに社会がなったとき、はたして人間はどうなっていくのだろう。
  突然、話は飛ぶけれど、二十歳近く歳の離れた弟が近所にある私立幼稚園に入園しようとしたとき(もはや四十年ほど昔のことですが)、その幼稚園への入園条件の一つに「歩いて通える距離に住んでいること」というのがあった。親が車や電車で送り迎えする必要がある子どもは入ることができないという。理由を問うと、「その年頃の子どもにとって、自宅と幼稚園の行き帰りは大事なのです。その貴重な時間を大人の事情で奪うことはしたくない」とのことだった。その話を聞いたとき、私は思い出した。たしかに私自身、幼い頃に幼稚園や学校の行き帰りに、オシロイバナの蜜を吸ったり、葉っぱの裏のようみゃくを見つけて、葉っぱにも血管があると驚いたり、近道を見つけようと草生い茂る原っぱを通り抜けたら怖いオジサンに遭遇して走って逃げたり……。目的地までの道のりでどれほどたくさんの思い出を作ったことだろう。私にとって、結果より、結果に至るプロセスで得た宝物は大きい。たとえそれがその時点では時間の無駄に思われようと、そのプロセスが失敗だらけであったとしても、心に残るのは、オンとオフの間に潜む試行錯誤なのである。





阿川 佐和子
東京出身。TBSの報道番組でキャスターを務め、現在は執筆を中心にインタビュー、テレビ等幅広く活動。1999年『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で第15回講談社エッセイ賞、2000年『ウメ子』で第15回坪田譲治文学賞、2008年『婚約のあとで』で第15回島清恋愛文学賞を受賞。
テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」、TBS「サワコの朝」にレギュラー出演中。



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