季刊誌『光明』

平成29年-秋-第205号



ひとひらのいのち


医師で僧侶



  国立がんセンターの研究所室長で、がんセンター病院の内科医師。なかはくさんがるのは、重いやまいの人ばかりだった。対処療法で患者の体の苦痛を除くことはできたが、「死にたくない」という心の叫びにはこたえられなかった。
  「命が尽きるという苦しみ。それを小さくするには、医学のほかに哲学や宗教も必要だ」
  その思いは、やがて確信に変わっていく。そんなある日、田中さんのもとに悲しい知らせが届く。父親が心筋梗塞こうそく急逝きゅうせいした。昭和57年のことである。

  がんセンターを退職する。父のあとを継ぐため、大正大学の仏教学部に編入学した。田中さんの父親は、坂東ばんどう三十三観音霊場の札所の一つ、西明寺さいみょうじ(真言宗豊山派)で住職をつとめていた。
  こうして、たくさんのがん患者を看取みとった医師は、僧侶になる。まず始めたのは「仏教ホスピスの会」を立ち上げることだった。そこで「がん患者・家族語らいの集い」を開く。それを機に、宗教者として、がん患者をサポートする活動を、次々に展開していった。

  田中さんは、悩みを抱えるがん患者に、二つのことを話す。一つは「命を延ばすために、最善の治療を受けましょう」というアドバイスである。そして、もう一つは「残された時間をどう生きるかについて、本気で考えましょう」という提案である。
  そのうち、命を延ばす治療は、いつかは限界を迎える。そのとき、「死にたくない」と自らの命に執著しゅうじゃくしていると、苦しみはますます大きくなってしまう。
  だから「残された時間の中で、自分へのこだわりをできるだけ小さくすることが大切です」と、田中さんは強調する。「お釈迦さまも、自己執著は捨てなさいと説いていますよ」とも付け加えた。

  東奔とうほん西走せいそうする田中さんに、最終ステージまで進んだがんが見つかった。余命はおよそ半年。しかし、動揺する様子は微塵みじんもなく、「自分の番がきただけ」と冷静だった。それまで主張し続けてきた二つのことを、お手本を示すかのように淡々と実践した。
  がん患者が自由に意見を交換できるメディカルカフェも始める。余命少ない医師で僧侶の言葉は、ひときわ輝きを放った。にこやかな笑顔から、勇気をもらった参加者は少なくない。
  平成29年3月21日、田中さんは世を去った。医療と仏教の統合という道をひらいた先駆者の顔は、ふりそそぐ春の光のように、とてもおだやかだった。





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