真言宗豊山派の年中行事-冬-

成道会 じょうどうえ

  成道会は、お釈迦さまがお悟りを得られたことをお祝いして、12月8日に行われる法要です。お釈迦さまは、29歳で悟りを求めて出家され、6年間にわたる難行苦行をつらぬきました。そのため、お釈迦さまは命を落とす寸前までやせ衰えてしまいます。苦行では悟りを得る事ができないことを知ったお釈迦さまは、 尼連禅河 にれんぜんが (ナイランジャナー川)で 沐浴 もくよく をした後、村の娘スジャータの作った牛乳のお かゆ で命を救われます。そして 菩提樹 ぼだいじゅ の下に座り、悟りを得るまではこの座を立たない事を誓い、煩悩という「魔」に打ち勝って、ついに悟りを開かれたのです。時に12月8日、お釈迦さま35歳のときでした。悟りを得ることを「成道」と呼び、また、真理に目覚めた人を 仏陀 ブッダ (「 さと った人」の意)といいます。以降この地は現在に至るまで、成道の聖地としてブッダガヤと呼ばれています。



陀羅尼会 だらにえ

  真言宗 中興 ちゅうこう の祖、 興教 こうぎょう 大師さまは、 康治 こうじ 2年(1143)12月12日にご入寂されました。その 祥月 しょうつき 命日に修されるのが、陀羅尼会です。この法要は、興教大師さまの教えに感謝するため、 論義 ろんぎ をおつとめした後に「 仏頂 ぶっちょう 尊勝 そんしょう 陀羅尼 だらに 」を 読誦 どくじゅ することから、陀羅尼会といいます。
  論義とは、僧侶同士による問答によって教義を明らかにする法要で、試験にあたるものとされています。その起源は平安時代の初め、興福寺の 維摩会 ゆいまえ にさかのぼることができます。
  総本山長谷寺では、奥の院に興教大師さまをおまつりして、ここで毎年、陀羅尼会を営んでいます。また、地方によっては、収穫した穀物を、仏さまやご先祖さまに供えて報恩を念ずることから「報恩講」とも呼び、万物供養の行事としても盛んに行われています。



ほし まつり

  人間は古来、満天の星を仰いで想像をめぐらし、世界各地でさまざまな占星術を生みだしてきました。日本における星信仰は、奈良時代以前から 陰陽道 おんみょうどう 宿曜道 すくようどう などを通じて盛んでした。特に北斗七星や 北辰 ほくしん 妙見 みょうけん (共に北極星のこと)が崇拝されていたようです。
  密教のお経でも星の供養に言及するものがあります。真言宗ではそれらを典拠として妙見菩薩を本尊とし、北斗七星・ 九曜 くよう 十二宮 じゅうにきゅう 二十八宿 にじゅうはっしゅく を供養し、 除災 じょさい 招福 しょうふく を祈願いたします。この法要を星まつりと呼び、冬至や節分など、季節の分かれ目に行われています。



除夜 じょや 法要

  除夜とは、12月31日の大晦日の夜のことで「年越し」とも呼ばれています。除夜法要は、一年の最後の晩に、過ぎ去った一年を反省し、新年の幸福を願う法要です。
  除夜の行事は、家族が一年間無事に過ごせたことに対し、先祖をまつって感謝の宴を開き、新たな 歳徳神 としとくじん を招いたことにはじまるといいます。この夜に 追儺 ついな や鬼払い、あとには節分の豆まきの行事もいっしょに行われていたということです。
  除夜の鐘は、人間の持つ百八つの 煩悩 ぼんのう を除いて 清浄 しょうじょう な新春を迎えるため、その数だけ撞き鳴らすとされています。鐘は、107回までは旧年中に、残りの1回を新年に撞くなど、さまざまな方法があります。
  総本山長谷寺では、大晦日の夕方に、1年間私たちを見守って下さったご本尊十一面観音さまの、普段開いている 緞帳 どんちょう を閉める閉帳法要が営まれます。そして午後11時45分から僧侶が除夜の鐘を撞き、行く年と、新年の訪れを知らせます。年が明けた元旦の午前零時には、閉帳法要で閉じた緞帳を開く開帳法要が営まれます。次項の万燈会とあわせて、総本山長谷寺への初詣は多くの人で賑わいます。



修正会 しゅしょうえ

  正月に修する法会なので「修正会」といいます。旧年を反省し、新年を祝うもので、毎年、正月1日から7日間、天下泰平、 万民豊楽 ばんみんぶらく 、仏法興隆、五穀豊饒を祈願して修する法要です。この法要でどのお経を読誦するかは細かく決まっていませんが、各寺院で、新年を迎えるにふさわしい祈願がなされています。
  修正会の起源は中国の年始儀礼です。わが国では、称徳天皇の 神護景雲 じんごけいうん 2年(768)に始まり、真言宗では天長4年(827)、東寺等において、7日間修法されたのに基づいています。平安時代の中期以降、諸大寺で一般に行なわれるようになりました。
  初詣では、修正会や新春祈願法会をしているお寺に進んでお参りしましょう。



仁王会 にんのうえ

  仁王会は、『仁王経』を読誦して、鎮護国家、万民豊楽を祈祷する法要です。かつては天皇即位の初めにただ一度行われた大法要でした。真言宗では、弘仁元年(810)、弘法大師が国家豊安を願い、高雄山寺において仁王経大法を 厳修 ごんしゅ しています。
  総本山長谷寺では、元日より7日間、管長 猊下 げいか ご親修のもと、 玉体安穏 ぎょくたいあんのん (日本の象徴である天皇陛下がおすこやかであるように、との意)を祈念し、併せて世界平和、五穀豊饒を祈願する仁王会を毎年厳修しています。ここで祈願した御祈祷大札は、お供物とともに1月16日、皇居において両陛下に「 奉献 ぶごん の儀」をもって献上しています。仁王会は鎮護国家の秘法として、後七日御修法に準ずるものとされています。豊山派各寺院では、正月中に修正会や諸祈願法要とともに、『仁王経』を読誦することが多いようです。



御修法 みしほ

  毎年1月8日から7日間、国家の繁栄・安泰と玉体安穏、万民豊楽を祈って行われる真言宗最大の法要で、正しくは後七日御修法と称します。修正会のあとの7日間なので「後七日」といいます。その起源は、最晩年の弘法大師が、承和2年(835)に宮中で修法されたことに始まります。以来その伝統は、さまざまな変遷や幾度かの中断期間があったものの、現在まで連綿と続けられています。近代になってからは、明治16年、 廃仏棄釈 はいぶつきしゃく 運動の嵐をくぐりぬけて再興され、以後は京都の東寺の灌頂院で修されるようになりました。
  この大法要の だい 阿闍梨 あじゃり をつとめるのは、豊山派を含む、真言宗の十八の総本山・大本山の中から選ばれた高僧です。法要では、弘法大師が中国からもたらされた五鈷杵・五鈷鈴など、真言宗が大切にしてきた由緒ある法具をもって大阿闍梨が修法されます。
  非公開のため、法要そのものに参列することはできませんが、大阿闍梨をはじめとする高僧らの、おごそかな行列を拝むことができます。



万燈会 まんどうえ

  天長9年(832)、弘法大師は高野山において、 四恩 しおん (両親・国・周囲の人々・仏教との縁)に感謝するため、万燈会を初めて修されました。その 願文 がんもん には、有名な「 虚空 こくう き、 衆生 しゅじょう 尽き、 涅槃 ねはん 尽きなば、我が願いも尽きん」という言葉があります。
  総本山長谷寺では、大晦日から新年にかけて、本堂と登廊にたくさんの 燈明 とうみょう 万燈籠 まんどうろう が灯されます。燈明と万燈籠には、家内安全・開運隆昌など、檀信徒やご参詣のみなさまの願いをこめて、本尊十一面観音さまにお供えいたします。それらの光に願いを込め、除夜の鐘が鳴る中、新年を祝う法要として営まれています。